先日、鎌倉時代の御家人、畠山重忠が討死した場所に行ったことを語った。
畠山重忠は武家としての筋を通すために多勢に無勢を承知でこの地で果てたのだろう。
矢畑というところがあった。
北条勢が畠山重忠軍に放った矢が一面畑のように突き刺さったといういわれの地。
一矢報いるという言葉がある。
負け戦ではあっても一つの矢でもいいから返せれば報われるという意味。
結果は負けなんだから仕方がない。最近の若いものはそう言おうか。
しかし、大いに負けていても、例えば野球とかでも最後にヒットひとつでも打てたら、そんな気持ちは私は若い頃からよくわかってきた。
うだつの上がらない中年の今、負けがこんでくると、心からよくわかる。
一矢報いるために出陣す。
畠山重忠はそうしたんだろう。今の大河では一矢を報いえた、でも死んだという設定になっている。
一矢を報いるだけならしない方がいい。そんな考え方もあろうが、一矢を報いる美学は持ち続けたいと思っている。
その方が人間らしいから。