今日の一語り

しがない勤め人、大津 和行(かず)、のキーボードから紡ぎ出される日々語り

大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」を見て吉原に走った

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 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」を遅ればせながら見始めた。

 「鎌倉殿の13人」以来、大河ドラマを見続けているが、やはり前作の「光る君へ」のロス現象もあるし、新しい世界観にも馴染めないこともあり、見るのが遅れてしまった。

 前の「光る君へ」の世界観も、源氏物語を書いた紫式部が主人公ということで、その前に続いた鎌倉時代や江戸時代の武家ものが大河ドラマの王道と感じてしまいがちな男性中年世代の私にとって近寄りがたく、見るのが遅れた。

 でも、妻の強い要望もあったことから共に見始めたら、貴族政治から武家政治への移行期の摂関政治期というのも歴史上重要な部分の描き込みを見ていくに、なかなか興味深かった次第。ロス現象を引き起こすくらいにまで。

 今回の「べらぼう」も江戸時代の遊郭、吉原から出た蔦屋重三郎の伝記的作品らしい。

 吉原かぁ・・・

 どうも、やはり、前述のように大河は武家ものでしょうという中年男性たる私には寄りつき難きもので見るのが遅くなってしまった。

 今回も妻からの強い要望で見始めた。妻は江戸時代であれば切った張ったよりは、大奥ものとかも見られるたちのようなので、今回のも見ようということで私を誘ったようだ。

 ということで今週末になって体調も回復してきたゆえ見始めた。

 やはり吉原遊郭の話で暗さはあるものの、その当時の田沼意次時代の江戸幕府武家政治も描かれていて興味深くなってきた。

 前のめりにのめり込んできたところで、そうか、吉原なら行けぬことはないと思い立った今日。

 

 行ってきた。

 

 東浅草の方から歩いて行くと・・・

 大河ドラマの幟と共に、吉原大門のバス停まで見えてくる。

 吉原大門の交差点。

 吉原の名所。見返り柳がその交差点にある。

 吉原遊郭で遊んだ江戸の男が名残惜しくこの柳のあたりで見返ったという逸話に基づく所。

 柳は、昼はよけれど、夜に見ると少し不気味だよね。

 そこ過ぎて吉原大門の方へ続く道が五十間道と呼ばれるところ。

 かようにS字に曲がりくねっている。大名行列も通る大通りから吉原が見えぬように、かように曲がりくねらせたとのこと。なるほど。

 現代の標識でもかようにまがりくねっていますよと表示がある。

 ドラマでも出てきたが、当時の吉原遊郭はこのように隔離されているし、周りを水で囲っていたからS字カーブで街道筋から中が見えなかったのだろう。遊女の脱走を防ぐための水囲いであったことは容易に想像が付く。

 お歯黒どぶの石垣跡。水囲いが生活排水が外に出されていて汚れていたからお歯黒のように黒いどぶだったので、そう呼ばれていたらしいが、水囲いのところが、石垣になっていた頃の跡らしい。なんか今立っている場所が水囲いであったと思うと感慨深い。

 また道に戻って吉原大門に向かう。

 今は門はなく、あった場所にトーテムポール様に立つのみ。吉原大門。

 来ましたという感じでパチリ。

 五十間道で耕書堂という版元を開いた蔦屋重三郎。その大河を記念してなのか、江戸新吉原耕書堂という展示ルームができていて、大河ドラマ「べらぼう」のゆかりの地めぐりの情報が多く掲示されていて、パンフレットももらえたので至極便利だった。

 前記の吉原の古図面もここで写真を撮らせてもらった次第。

 吉原の花魁、太夫の下駄も展示されており、かくも高いものであれば、なるほどああいう歩き方にもならんと実感できた次第。

 なかなか、面白いぞ・・・実際にその場に行けると面白いぞと思いながらの吉原行であった。