今日の一語り

しがない勤め人、大津 和行(かず)、のキーボードから紡ぎ出される日々語り

館山に行った理由、それは大河ドラマ「べらぼう」を見終わったから

 NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」の最終回を、昨日ようやく見終わった。 昨年1年間かけて放映されたものだ。

 べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜 - Wikipedia

 放映終了が、昨年の12月14日だったが、録りためておいたものを見ていった次第。

 ここでもだいぶ語ってきたが、この大河ドラマはかなりハマっていた。

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 このドラマの主人公である蔦屋重三郎が東京の吉原出身だと知って、初めて吉原に出かけたりもしたのだ。昨年2月の初旬のことだから、1年くらい前だ。

 また、見続けているうちに、教科書的日本史では、金権政治にまみれたと揶揄されがちな田沼意次の治世が、そこまで悪くなかったのではないか、田沼は優秀な経済感覚を持っていたが古来の武士のしきたりの間で苦しんだだけではないかと思えるようになり、田沼意次の領地であった相良藩の領地たる静岡県牧之原市を訪ねたり、田沼意次干拓を進めようとした印旛沼を訪れたりもした。

 話が進み、田沼治世の後の寛政の改革を行った松平定信治世の段になると、倹約の名の下に派手な文化の取り締まりを進めたので、派手な文化の代表者たる蔦屋重三郎が弾圧される場面は正視に耐えず、しばらく見るのをやめていたのが最終回に至るまで時間がかかった所以だ。

 

 ただ、見ていくうちに、なるほど、松平定信治世に関してもそれなりに理が有らんかと思えてきて、騙し討ちのように政治から追われた定信が、その後、白河藩に帰り、ロシアからの干渉が多かった時代だったゆえ、東京湾の海防のために千葉県は館山の南端の洲崎に台場を作ったと知ったから。

 その絵図がドラマの最後の「紀行」で流されていて、館山市立博物館に所蔵されていると知り行ってみたんだけどね。

 それが館山に行った理由。

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 しかし、常設展示にはなかったなぁ・・・白河藩の作った洲崎の台場の絵図は。どこかに行っているのかな。

 でも、安房の地に覇を唱えた里見氏の話とか興味深い話が多く知れたのでよかったのだけれどもね。

 

 大河ドラマ「べらぼう」は結局かなり面白かったと思う次第。