社会人として働くようになってから、趣味というのを持つことが難しくなった。
大学生時代は、今は覚えている人もいないかも知れない、小堺一機さんがお昼に持っていた番組「ごきげんよう」を録画してまで見ていたが、働き始めて録画はしていたものの見ることができず結局見ることをやめてしまった。あれだけ好きだったのに。
ライオンのごきげんよう - Wikipedia
そして、番組も終わってしまった。平成28年のことらしい。
同じように、大学時代まではあんなに本を読んでいたのに、働き始めたら本を読めなくなってきた。
ここでもよく語っているが、資格試験の勉強のための本とかは読んだ。資格も数多取ったわけだが、それ以外の小説とかは読めてこなかった。
テレビ番組にしても、読書にしても、する時間がなかったわけではない。
旅に出たり、ホームページを作ったりする時間はあったわけだから。
要するに、漫然とテレビ番組を見たり、読書をしたりするのは刺激が薄かったからかもしれない。
とかく、私が働き始めた30年ほど前からも就労するとストレスフルだった。気晴らしにはそれ相応の刺激が必要だよなぁ。
最近、資格書のようにターゲットを絞った本以外の小説などの読書ができるようになった。加齢に伴いあきらめもつき、就労環境が変わりそれなりにおちついた心持ちになれたからではあろうか。
2年前くらいに大ヒットした新書がある。
先に語ったように、仕事をしていると
今現在著者は32歳ということなのでが30歳で上梓した本ということになる。
著者は読書が好きで、高知から京大の文学部に入り、大学院まで進み、就職はリクルートに入る。
リクルートの激務で読書が好きで文学部まで入ったのに仕事をしていると読書ができないことに疑問を感じ、起業してこの本を上梓したという経歴のようである。
なるほど、30年ほど仕事をしてきて最近ようやく読書ができるようになった私からしても納得できる内容が多かった。
著者は、情報と読書を分け、情報はネット検索で行き着く一直線のノイズなしの情報。読書は目的の情報に行き着くまでに数々のノイズがあるもの。
ネットがなかった時にはノイズなしに情報に行き着くことができなかったゆえ、読書が教養として存在したが、今はそうではない。そのへんを著者が指摘する。
ノイズを許容できる余裕が今のせわしない就労環境ではないのだろう。
だから働いていると読書ができないという指摘である。
なるほど、かなり納得できた。
そして著者が提唱する働き方が・・・全身労働社会から半身労働社会への移行ということ。
それも分かる。仕事に全力投球している以上は、読書のようなノイズを楽しむ趣味は持て得ないことは30年ほど働いてきてよく分かる。
それが冒頭の、社会人として働くようになってから、趣味というのを持つことが難しくなった、という言葉につながる。正確には
個人として半身労働社会を実践する方法を著者は提唱している。例えば、仕事帰りに読書のために喫茶店に寄ろうとか。でも残業続きの日本のホワイトカラー社会においてそれはかなり無理があろう。
この著者のYouTubeでの動画配信を見て、先日、仕事帰りにサンマルクカフェに行った。読書をするために。
それはそれでよかったのだが働き盛りの美名のもとに残業も多い今の状況で、それをするために、なかなか無理をしたのは事実だ。
仕事が終わったらすぐに帰って妻の手料理を食べてバタンキュー。そんなのが日常だからして。
今現在働いている私としては、著者が提唱する半身労働社会という、余裕のある生き方を維持していくにはなかなか困難が伴おう。
やはり知識人として読書に埋没するには仕事をやめるしかないかなという思いさえある。
だから、仙人は霞を食べた生きるとか古来言い習わされてきたのだろう。
ノイズだらけの思想生活に身を置かんとすれば実業からは離れる。それは直感的であっても昔からわかっていたことなのだろう。
この本はそのへんを体系的に整理された、よくできた論文的な本だなと感じた。
とまれ、最近は、ノイズを含む読書の最たるものであろう小説を読めたりしている。
忙しいながらも老獪さを加えてきたこと、資格試験といった目的一直線の読書もあまりしなくて住むような心持ちになったからであるが、それはそれで贅沢であろう。
最近は商社の小説とかを結構読み込んでいたりする。
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