人は外に出る時は多かれ少なかれ武装するようなものだと感じている。
なんでそんなことを思うかって言うと、最近、私は甚平を家では愛用しているのだが、ちょっと近所の店にお買い物の場合は、甚平のまま雪駄を突っかけていけるが・・・電車に乗って行く中央図書館まではその格好では行けなかったからだ。それがこの前の日曜日。
別に行けない理由はないのだが・・・なんとなく。
そして、今日はまた平日・・出勤日なわけだから・・・今はスーツを着る仕事でもないのでラフな服装で・・でも、小銭入れを持ったり、財布を持ったり、定期入れの鎖をベルトを通す穴につけて、ベルトを通したりして・・・ラフなりにもそれなりの重量になるなぁと・・・これは、鎧兜とまでは行かなくても、ひとつの武装だなと感じたからだ。社会に出るって言うのはやっぱり、有形無形の武装が必要なのだろう。これは慣習的なものであろうが。
有形無形という言葉を用いたが・・・そう、武装というのも別に物理的な重量に規定されるわけではない。出かける前に女性がする念入りなメイクなどというものは、重さこそ微々たるものであれ、男性のスーツルックに比するくらい立派な武装なのは直感的に分かると思う。
俗に「男は外に出れば7人の敵がいる」などと言うが、これは、男性が社会に出て女性が家を守る前近代的な時代に生まれた言葉だから、今は男女問わず社会に出れば敵はいる。周りの目、取引先、上司・・・あい対するものという点ではすべて敵と称してもよい。
そういう、敵から守るために、男性ならスーツを着るし、ネクタイみたいな窮屈なものをする。女性なら、朝の忙しい時間にわざわざ念入りにお化粧をするし、服選びには男より時間はかけよう。
そうなのだ・・・僕が甚平ルックで図書館に行けなかったのはそのへんが要因だ。外の敵に負けたのだ。
武装薄く社会に出ると、それだけ自分の中身が強くないと、やっていけない。周りの目を気にしないとかね。スーツを着ていた仕事から、軽装の仕事に移った今は本当によく分かる。
だからこそ、今、僕は試されているんだと思う。中身の強さを。
武装は薄く・・・今の機会をつらいと思わず、行ってみようと思う。そして、いつの日か・・休日に甚平ルックで図書館に行ってみせようと思っているんだがね。
ちょっと意固地でしょうか?(^-^)