今日の一語り

しがない勤め人、大津 和行(かず)、のキーボードから紡ぎ出される日々語り

藤村Dが新聞にっ!! 〜大好きな北海道の想い出とともに〜


 私たち夫婦が大騒ぎした昨日。


 そう、藤村D朝日新聞の夕刊に出ていたこと。天下の朝日新聞ですよ・・・あまりミーハーな話題には見向きもしない重厚な新聞にDが♪という衝撃。


 そう、ここでも何度も語ってきている・・・私も妻も大好きなテレビ番組「水曜どうでしょう」


 本当に奇しくも、この番組が生で放映されている時に北海道に暮らした私が、関東に来てからも見続けていた番組で、初めは「おやじがダハダハ笑っている番組」とうざったがっていた妻が、今では私以上にはまりこみ、こちらのU局で放映されている再放送番組を録画ミスなどで取り忘れると非常に恨みがましい目で見られるくらい、妻の方もはまりこんでいる番組のディレクター兼声出演をしているのが藤村D(ディレクター)なのである。


 あまり顔出ししないものの、その声に惚れ込んでしまう人も多いんじゃないだろうか。通常は出演しないディレクターが発声しているのも奇異といえばそうなのだが、この番組はDの声なしには締まらないものになるだろう。


 そんな、Dに私も妻も惚れ込んでいたところで、いきなり、重厚な新聞にもろ顔出しで出てしまっているわけですよ。


 朝日新聞 2007/8/16夕刊 1面、ニッポン人・脈・記 テレビの情熱? でである。


 通称は 藤村Dであるが、藤村忠寿さんである。紙面では「その一挙手一投足への注視も強まる」と締められているが、すごいよね。ここまで書かれるとは、まったく日本を代表するディレクターではないか。


 妻と私、二人で大興奮であった。


 人生いろいろなことがある。北海道に住むことになったのも本当に偶然だ。住んだからには、そこを知ろうとしたし、好きになろうとした。


 なるほど、冬は寒いし、これはまったく本土の人間にはついていけない寒さであるし、すごい熱を出したこともある。それでも、大好きになった北海道。


 その過程の中で、水曜日の深夜に、なんだか変な番組をやっているなぁと思って、見ているうちに忘れ得ぬ番組になったのが、この「水曜どうでしょう」。北海道のローカル曲たるHTBの番組であったkら、その時、北海道にいなかったら見ていなかったわけである。その偶然に感謝したいくらい・・・面白い番組だ。


 短い北海道生活だったけど、北海道が大好きになった。私にとって第3の故郷になったと思う。そして、この番組はそれを象徴する想い出だ。


 「水曜どうでしょう」のサイトを今見ると、最近話題になったこの番組の問題について書かれている。鳥取砂丘の砂を採取したことが触法するとの問題。


 そういえば、藤村Dが出た新聞記事の横に、やはり北海道を代表するお菓子「白い恋人」の石屋製菓の賞味期限延長行為の問題が出ていた。この石屋製菓の工場にも北海道在住中に見学に行ったことあり、すごかったね、白い恋人ががーっと作られているシーン。これはとても想い出だっただけにちょっと残念だ。


 そして、札幌に住んでいた時には、よく、雪印パーラーに行ったりしていた。北海道地元企業の雄としての雪印を頼もしく思っていたし、その工場のわきをよく通ったりもしていた。その雪印も、不祥事により今は解体されほぼ存在しないわけだ。


 どれも私にとっての北海道での一番の想い出だ。不祥事は不祥事であると思う。でもね・・僕の想い出の中でのそれらは決して色あせないものだ。