今日の一語り

しがない勤め人、大津 和行(かず)、のキーボードから紡ぎ出される日々語り

自分では満足していても、そうでなくなる瞬間があったらいやだな 〜同窓会出席に思う〜

行くべきか行かざるべきか・・・ - 今日の一語り(はてな Ver.)
にて語ってきたことであるが、20年ぶりの高校の同窓会なのだが・・・行くべきか行かざるべきか・・・なんか悩んできた。

コメントでは、勇気を出して行ってみるといいよと励ましをいただいてきたので、行く方向に傾きながらも、悩み続けてみたり。

高校時代からの友人たちに行くかどうか聞いてみたりしながら、決意を固めていった次第。

迷いながらも、行くことに決めた。

なぜ迷うか考えてみたりしていた。

要は、自分の人生に自信が持てない部分があるのだろうと。
同窓会というのは長い期間を置いて学生時代の知己と会うことを意味するわけで、その間に客観的な意味でのライフステージをクリアしているかどうかが如実に認識されてしまう部分がある。
それが残酷と言えば残酷である。

ライフステージを例示すれば、今回は高校の同窓会なわけだが、まず、大学を卒業するというところから始まって、そこを卒業し就職をする。就職の後は、結婚できたかどうか・・・婚活などという概念が出てきてしまう今、これがまた結構難しい。私だって、そもそもは もてない男の心の語り(現 もてない男のその後の語り)というホームページを作成しネットの世界に打って出た位で、そのへんにとてつもない苦労をしたわけだよね。結婚したって、あとは子どもがいるかどうかとかさ・・・幸せな家庭を持って、子どもに恵まれて、そして、仕事も順調だったり出世している・・・そんな感じだったらいいよね。
そしたら、きっと同窓会に行くモチベーションは上がるはずだよね。自慢しようとかいう下世話な思いはなかったにしろ、行きたくないとはならないだろう。

僕は人生上の客観的なライフステージ課題はなかなか満足がいっていないのが今回の逡巡につながったんだろうね。つまづいてばかりだったから。

でもさ、そんなの僕だけじゃないんだよなぁ。派遣切りなんて言葉もあるほど、正規雇用が少ない時代だし、前述のように婚活なんて言うくらいだから未婚率も高い世の中だ。そして、晩婚になれば子どもを作るのだって難しくなる。今話題の野田元大臣の話を引くまでもなく。
でも、客観的な尺度は厳然とあって、いいところに就職し、いい結婚をし、子どもに恵まれて、出世するみたいなね。
同窓会なんて、そういう客観的な尺度の情報交換会みたいなところが厳然とあって、客観的な尺度でいいところにポジショニングできていなかったら行くのに逡巡があったわけだよね。

でも、自分自身では、客観的な尺度なんて捨てていいと思っているんだよね。自分がいいと思えばいい。そう、僕にとっては今の妻と邂逅できたのは、そして一緒になれたのは望外の幸せであるし、だからこそここでもいくらでものろけてもそれを恥ずかしくなって思わない。

でもね、そこに客観性とかいうものが入ると微妙なのだ。子なし夫婦であるわりには、妻が働いていた時分でさえDINKS気取るほど収入もなかったりしてさ・・・出世なんかしていないしさとかね。

まぁ、僕の思うところの最高の妻と結婚できたのだから、ほかでどれほど満たされていなくてもそれで満足なんだけど、同窓会という客観的尺度の強制導入の場に行くとそれが崩されそうでいやだったんだよね。