重い話が結構好きである。日曜の昼下がりのザ・ノンフィクションを好んで見たりもしてきた。 このテレビ番組はかなり重いドキュメントで、暗い人生を背負っている人を描いたりいてるので、日曜ブルーが強い時には見ると危険だったりする、ブルーに拍車をかけてしまったりするから。でも、若い頃はリアルタイムに見ていた、最近は録っておいて気分がいい時に見るという感じ。
また、友人から重松清さんの小説を勧められてハマっていた時期がある、歩きながらだって読んでいた感じ。でも、重松さんの小説も重い。脱サラして失敗した自営業者とか衰退する団地を描いていたり、それらは興味深いのだけれども、今は進んで読んでいない。買い溜めてあったりするのだけれども、積読状態。
好きだけれども重い話に食指が動きづらくなったのはどうしてだろうか。
若い頃は、まだ、その重さがある種他人事だったんではないだろうか。今は自分もかなり冴えない、報われない感じになってしまい、ある種重松清作品で描かれる冴えない中年とダブり、ザ・ノンフィクションで描かれる重い人生とダブり、自分を見ているようで嫌になっているんじゃないかな。
妻はもともと重い話が好きではなく、重松作品も少し読んでやめているし、ザ・ノンフィクションはたまにしか一緒に見てくれない。そう、多分妻は私よりも重い人生を歩んできていると思うし、冴えない私と一緒になり私の重さを分かち合ってくれているところで、重い話を進んで読む気に慣れていないのは良くわかる。妻が好きなのはバカみたいに笑えるような明るい話だ。
さて、そんなことで私も妻も重い話が苦手になっているところで、どう見たって重い話であろうが、興味深そうな次のドラマを録画しておいてずーっと見られずにいた。
「二つの祖国」。山崎豊子さんの原作小説のドラマ化。見るからに重そうなテーマだけど私も妻も興味があってHDDレコーダに録ったはいいけど見られていなかった。
私も妻もその重さに耐えられそうになかったからだと思う。3月末からだから、えらくおいて置いたものだ。上述の理由から重い話が辛くなってきたからだろう。
ただ、先日の休日に思い立って妻と一緒に見ようと見始めたら、やはり重かった。が、いい話だった。
山崎豊子さんの小説では、やはり、白い巨塔というのが代表作でドラマ化もされて、私が高校時代であったがドラマで興味を持ったから、小説を読み込んだという経験もある。それくらいいい小説を書く方だが、どれもテーマが重い、白い巨塔は大学病院の保守体質と医療事故の話だから重いのも当然だが。
(以下ネタバレあり)
「二つの祖国」は日系アメリカ人の太平洋戦争前後の不遇な境遇と生き方を描いたストーリーで見るからに重い話で実際重い。
最後に妻と一緒にえーっそういう話だったの?と驚愕してしまったのが二夜連続の二夜目を見ていて最後に主人公が自殺してしまうという終わり方、そこまで歴史の勉強的に興味深く見ていて重いながらも見続けていたらそんな重い結末であった。
かなりめげたけど、いい話ではあったし、面白いドラマではあったんだけどね。