今日の一語り

しがない勤め人、大津 和行(かず)、のキーボードから紡ぎ出される日々語り

北海道の先輩

 昨日の一語りでは、水道の水が冷たくなったことで、北国の生活を懐かしんでみた。

 実際、もう、水道の水で洗い物をすることはなく、必ずお湯にして洗い物をしている。最近はぜいたくになったものだ・・・ボタンひとつでお湯が沸く。今住んでいる安アパートにしてだ。

 北海道に住み働いていた頃は、湯沸かし器があったがガス式であったので沸かすのに手間がかかった,。しかし、あちらの水はとても冷たい。とても素手で触れようもなく、手間がかかっても沸かしていた。

 仙台に住んでいた頃は湯沸かしさえなくて・・・洗い物をするのがとてもおっくうでためてしまっていた。

 なんて北国の思い出に浸っていたら、北海道にいた頃一緒に働いていたある先輩を思い出してしまった。
 「大津ーっ!!」「大津お前なー」とやや怒鳴り気味にも聞こえるハイテンションに呼びかける人で、私が25で、その先輩が確か31〜2といったところ。ちょっとそんないっつも怒鳴らなくてもと思っていたことも事実だし、なんかちょっといじめられていたという感じにも思っていたが・・・。
 ただ、その先輩がびしびし鍛えてくれたおかげで当時の業務を一通りマスターもできたし(といっても今の仕事に直接的には役に立つものでもないが)、ある意味人生を生き抜く力がついたとも言えよう。そして、それからもう何年も生きてきて、いろいろな職場を経験してきて、今思えばあの時の先輩の怒鳴り声くらいは全然いじめとも言えないくらいだと思ってはいるところだし、鍛えてくれたことに感謝の念を持っているのだが。

 そんな感じで印象的な先輩だったが・・・「大津お前もな、携帯くらい持てよ、かかってくるかもしれないじゃないか」と言われたことをふと思い出した。
 要するに携帯でも持って彼女でも作れよという意味だったらしいのだが、その後まもなくPHSは買ったのだが、それはデータ通信のためだったという色気のないものであったり・・・。
 そしてその先輩には当時すでに綺麗な奥さんがいた。

 なぜ、その話を思い出したかというと、最近、またやはりPHSであるが、買い換えようとしているからだ

 でも、先輩、僕は相変わらず彼女がいません(あなたと別れた後にいた時期もありましたけど・・)・・・そして、先輩と同じくらいの年になってしまいました・・・。

 その先輩は、もう遠く離れてしまったにもかかわらず、年賀状だけは毎年くれる。子どもの写真入りで。
 年賀状記載のメールアドレスに2年前メールを打った。

 返事には「また一人暮らし始めたんなら結婚しろよ」といったことが書かれていた。

 すみません・・・再び一人暮らしになって3度目の正月を迎えようとしています。まだ、彼女はいません・・・