今日の一語り

しがない勤め人、大津 和行(かず)、のキーボードから紡ぎ出される日々語り

松本清張「点と線」と鉄道好きだった私の接点

 さて、昨日は松本清張ものの小説を2点図書館から借りた話を語った。
 「点と線」ゼロの焦点」である。
 私の記憶にある限り、一番初めて読んだ清張作品であるし、そして実は好きだと言いながらこの2冊が清張作品で読んだ最後のものであると思う。

 福岡の香椎という地名を覚えて、実際、行ったか通ったかしたと思うのだけれども、それが点と線の舞台であったからだとは覚えていたが、ストーリーの詳細を忘れていたので読み返してみた次第。

 自分でも驚いたのだが、昨日借りて「点と線」は今日までの間に読み切ってしまった。丸1日未満で読み切ってしまったということになる。

 以前読んだストーリーであると言うこともあるのだろうが、それにしても、それだけ惹きつけるストーリーであったということだろう。

 ただね、やはり時代背景は戦後間もなく、古いと言えば古い部分がある。

 昭和生まれの私なら分かる部分が多い。しかして、現代に置き換えてストーリーの骨子は今の設定でも行けるとしても、その中に出てくる時代のものが、今の若い人たちには分かろうとしても分かり得ない部分もあると感じた次第。

 例えば、国鉄ブルートレインという概念は今や消失してしまっている。そう、ブルートレインの愛称で親しまれた国鉄(JR)の寝台列車は今や現存するものはなくなっている。ブルートレイン、鉄道好きだった私にとっては憧れの列車である。「点と線」の主要な背景としてブルートレインの「あさかぜ」が出てくる。ブルートレインが大好きだった私のために今は亡き祖父が私を連れて乗せてくれたのがほかならぬ「あさかぜ」であった。

 そして、その「あさかぜ」を東京駅のホームで見渡せるということを時刻表で見つけだすというのが重要なトリック展開なわけだが・・・今、時刻表を見ることができる人がどれくらいいようか。私だって便利に使うが路線検索ソフトで、スマホなりパソコンなりでちゃっちゃと検索できてしまうから。

 私は幼少時、時刻表を飽きずに眺めていて、行けぬ土地に思いを馳せていたりしたのだ。だから、学生時代、修学旅行とかで時刻表を読みこなす私を見て驚かれたりしたものだが、当時の私で驚かれたのだから、今やあの数字に羅列を読みこなすという若者が多くいるとは思えない。あの数字の羅列で旅路が分かるので、面白いものなのだが。

 「点と線」は日本の推理小説のパイオニアとして素晴らしい不朽の名作だとは思うが、時代が変わり鉄道も寝台列車もなくなり、食堂車もない、路線検索ソフトの発達により時刻表も必要なくなってきている。こうなると不朽の名作のストーリーに出てくる要素もわかりにくくなってしまうのは少し寂しいな。