今日の一語り

しがない勤め人、大津 和行(かず)、のキーボードから紡ぎ出される日々語り

クーラーは贅沢品だという意識

 私のごく幼い頃、クーラーはなかった。

 親と共に引っ越して新居になった時にクーラーが初めて家に設置されたが、それは特別な時にしかつけられない、特別な、文字通りスペシャルなものであった。

 だからクーラーは贅沢品だという意識が強く、戦時中でもないのに贅沢は敵だという信念を持っていた私は、クーラーなしで、学生時代の宮城県は仙台での暮らしを乗り切った。また、その後北海道で暮らしていた時もクーラーはなかった。別に北の方だからと言ってクーラーなしで済むわけでもない暑さはあったのだが。だから、学生時代の宮城県では、レポート用紙が汗でシワシワになり難渋した思い出がある。シワシワのレポートを何度提出したことか。

 時は流れて、その後、クーラーに厳しかった親でさえ、私が暮らす住まいにクーラーがないのは忍びないと思ったのかクーラー設置費用を出してくれた思い出がある。黙っていると私がクーラーを付けないと思ったのであろう。

 

 今は、妻もいることだし、というより、地球温暖化の進展が思いのほか早いので、クーラーは無理せず使っている。

 

 今日は猛暑だと聞き、朝からクーラーは使った。地球温暖化、私が生きている内は無関係かとさえかつては思っていたが、全然そんなことはなく、ものすごい暑さになったわけだよね、まだ6月なのに。うーむ。