今日は日曜日ということで・・・また、なんか昨日まで結構がたがたと動き回っていたこともあって徹底的に寝て回復に努めようとしていた。努めるなんて言うと格好良いが、要は、寝床から出ないようにしていただけ・・・。
そしたら、ピンポーンと呼び鈴が鳴る。めったに来客がない我が家だから、どのみち何かの売り込みかな?誰だろうと、インターフォンで出てみると、下に住んでいる住人であった。女性であるが、私との年齢差を考えると「女の子」と言ってよいくらい若い子である。
なんだろう・・・と思って、パジャマ姿に上っ張りを着たやや情けないとも言える姿で出てみると
「今日で引っ越すことになりまして」
とわざわざ挨拶に来てくれたらしい。
そういえば、今日はずーっと寝ようと朝寝坊をがんばっていた朝方、階下がなんだか普段になくガタガタ物音を出していたので、なんだなんだ?と思っていたので合点はいったのだが、それでも突然の話だったのでびっくりであった。
都会の中のアパート、私はまだ古いタイプの30代人間だから引っ越しで入ってきた際にはちょっとしたものを持って両隣と下には挨拶に行くことは欠かさないが、最近の若い人はそういうことはあまりしないよね。ましてや、引っ越しで外に出て行く時は私だってさほど挨拶はしない。
で、なぜ、別れの挨拶にまで来てくれたのか・・・それにはちょっとしたご近所付き合いがあったからだ。
まぁ、私がこのアパートに来た数年前、その子はもう既に入っていた住人で入居の挨拶には伺ったりしたのだが・・・その後、別に交流もなかった。ところが、ある土曜日・・・洗濯物を干していた僕に下から声をかけられた。要は、「植木の剪定をしないか?」と。その子のベランダ、私のベランダ、どちらにも干渉するように植木が茂っていて、特に下のその子のベランダの方が日が当たらなかったわけだ。それで、隣家から剪定道具を借りたその子が一緒に植木の剪定をやらないかというわけだ。まぁ、見ようによっては、植木の剪定はかなりの肉体労働であるから、男手が欲しかったと言うことが本音のところだろう。僕もその植木が邪魔には感じていたものの、一人ではやる気も起こらなかったので渡りの船であったし、その子が器具を調達してくれたのだから渡りに船というわけで、剪定は僕で、落ち枝を拾うのがその子の役目。初回の時は、土日二日にわたって2人でがんばったりしてみたのだ。その後、半年に一度くらい、こちらから誘ったりしたこともあるが植木の剪定をしたりするご近所付き合い・・そして、まだそこでの地理が不案内であった僕は歯が痛くなった時にその子が歯医者に通っていると話していたことを思い出して、その歯医者を教えてもらって行ったりしたこともあった。
ご近所付き合いという概念が廃れきってしまった都会の片隅の独身者用のアパートで偶発的にも起こった近所付き合いであった。私もいろいろなところで借家住まいをしてきたが、こういうご近所付き合いは初めてだった。
まぁ、相手はうら若き女性であるし、こちらも独身というわけで、ここでロマンスでも芽生えれば小説にでもなりそうなことなのだが、別にそんなこともなかったのは色気がない話なわけだが。以来数年、この前の一緒に剪定をした時は、いつもお世話になってと、ちょっとした食品をお裾分けしてくれたりしていた。なんかうれしかったんだけどね。最近の若い子にしては気が利くなぁって思っていたんだ。だって、ほかにも若い子が僕の後に入居してきたりもしたけど入居の挨拶とかもないんだからそういうのに比べると全然いいじゃないですか。
その子が、「引っ越します」と突然の挨拶だったから、やっぱりびっくりだったんだよね。
「あ、そうなんですか・・・」
その子も、まぁ、やはり慣れないことだったからか
「引っ越します、それだけ言いに来たんですねけどね」・・・といった感じのことを
「それだけ」というのはちょっと不要な気もしたけど、今の若い子らしい素直な言い回しと言えばそうかもしれない。実際、引っ越しの挨拶以上でも以下でもないのだよね。
ちょっとびっくりだった僕も
「あ、そうなんですかぁ・・・
・・・
お疲れ様でした」
全然とんちんかんな答えをしていた・・・何がお疲れなんだろうか・・・。パジャマ姿であったこともちょっときまりが悪かった。
「お世話になりました・・・」
若いご近所からそんな挨拶を受けたのは初めてだ。お互いお辞儀をして僕は戸を閉めた。
戸を閉めてから、なんだか、数少ないご近所さんとの別れに際してとんちんかんな受け答えをしてしまった自分がちょっと恥ずかしかったし、一抹のさびしさを感じたことも事実だ。
「どちらに行かれるんですか?」とか「もっと広い家に行くんですね?」とかもうちょっと気の利いたやりとりはいくらでもあったろうに。
まぁ、若い子だったけれども、結婚してどこかに出ていくのだったかもしれないし、もしくは、職場の近くに居を移すのかもしれない。それは今となっては藪の中だが、その子なりの人生のワンステップを登ったことには違いないのだろう。
その子は去っていき、まぁ、単身者向けのアパートだからまた若い子が入ってくるのだろうね・・・多分。そして、今時の若い子なら、多分入居の挨拶にも来てくれないだろう。
冬の寒さの盛りの今日・・・なんか外の寒風に負けないくらい冷たいの一抹の寒風が心の中を通り過ぎた気がした。
いつまでもここに住んでいてはいけない気もした。いい年なのだからもうワンステップ上がらないとなぁと。
もう昼下がりだったがそれからすぐにシャワーを浴びてしゃきっとした服装にはなってみた。