今日の一語り

しがない勤め人、大津 和行(かず)、のキーボードから紡ぎ出される日々語り

尊徳祭に行き、二宮金次郎について改めて知る

 晴れた日曜日、どこに行こうかなと思っていたが・・・

小田原市 | 第66回尊徳祭【10月18日(日)】

 尊徳祭というものがあると知って行ってみた。

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 二宮尊徳、すなわち二宮金次郎は知ってはいたよ。全国の小学校に二宮金次郎像があることもあるし。

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こういう記念館があったのは初めて意識した。神奈川県小田原市の栢山という地区。

f:id:small_editor:20261019072236j:image二宮金次郎の生家があった場所である。
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二宮金次郎生家。お祭りの時とかしか仲には入れないらしくて貴重な機会だった。
f:id:small_editor:20261018185727j:image江戸時代末期の中流農家の家構えを知るのに貴重なもので県の重要文化財となっている。一回移築されたものの二宮金次郎生家として大事に使われ、真珠王の御木本幸吉さんの援助もあって生地であるここに戻ってきた建物、貴重である。
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二宮金次郎は非常に体格が良く背も高く、180センチはあったとのこと。等身大の銅像だ。
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私も180センチの身長なので並んでみた。なるほど同じくらいだ。

当時としては非常に体格が良かったのであろう。

 

農家でありながら勤勉に励み、士族となった偉い人という事前のイメージだった。

確かにそうなのだが、幕末の混乱期に不幸な生い立ちにめげずに勉学に励み、農政、財政に手腕を発揮し多くの人を救った偉人であることがよくわかった。

 

その勤勉さと勉学への熱意が、全国の小学校に銅像としてある薪を運びながら本を読む二宮金次郎像に表されているのだろう。富国強兵のための戦前教育でそれが神格化されたのだろう。

その結果が太平洋戦争での敗戦に繋がってしまうので複雑な思いがあるが、偉人は偉人であるなと実感。

 

積小為大という言葉もピシッと胸に刻まれた。

f:id:small_editor:20261019074117j:imageクイズラリーでもらえたシール。

一円融合という言葉もなかなか奥が深い。

f:id:small_editor:20261019074710j:image勤勉と書かれた袋は海苔。クイズラリーの景品でもらえた。
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祭りで出店していた地元の和菓子屋の赤飯をその海苔で食べたがなかなか趣深かった。