今日の一語り

しがない勤め人、大津 和行(かず)、のキーボードから紡ぎ出される日々語り

コロナ禍でお酒を飲まなくなった

 別にアルコール依存症でも何でもない。従来、週一回飲酒を自らに課してきた。

 ただ、中年になり、先のポテンシャルもなくなってくると、なんか飲みがちになってきた。でも、週一回飲酒はかなり守っていたけどね。

 ここ何年か、土曜日だから飲む、美味しいものを作ったから飲む。そんなことを続けてきたように思える。

 妻は基本的にアルコールは飲まない方なのだが、そういう時はいいねぇと付き合ってくれる。飲めないというわけではないからだ。

 ただ、なんか人生の憂さ晴らしにお酒を飲んでいる様な気がしてならなかった。若い頃は何週間も飲まなくても楽しいことがたくさんあったのに、今は飲まなきゃやっていられないみたいな感じで土曜日がくるのを心待ちにして、お酒に合うものを作ったり、買ってきたりしていたように思う。

 つまらないから飲む。基本週一回、土曜日だけだからとは言え、常習化してくるとそれはそれでどうだろうという疑念があったところへコロナ禍である。

 ステイホームを気分的に強いられ、酒でも飲むしかないという人が増えてきたとのことだ。

  私もコロナ禍初期は、ま、酒でも飲むかとか、ほら・・・ 

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 瓶ビールを求めて酒屋を回ってみたりもした。

 さて、ここで買いそろえた瓶ビール。実は飲んでいない。

 瓶ビールを求めてうろついた後、なんだか飲酒がばかばかしくなってきたからだ。

 そう、人生の憂さ晴らしに飲んでいることが明らかなのに、飲んでも人生は好転しないのに、身体にも負担をかけて・・・いいことはないじゃないかと。

 若い頃はなんで飲まないで済んだかと言えば、ポテンシャルがあったからだよね。

中高年の今、別に先の望みは薄い。飲んで一時の酔いに身をまかせるのが楽といえば楽。ただ、副作用で、酔いが覚めた後に変わらぬ現実にもっと沈み込むことになるのだが。

 となると、やーめたって思ってしまった。

まぁ、ここでも語ったが、コーラでも飲んでいようということになっている。夜にコーラを飲むのはカフェインもあるから良くもないんだけど、飲酒の背徳感に比べればましなもの。うまいしいいじゃんと。

 うまい物を買ってきたり、作ったりすると、あまり飲まない妻も、飲みたくなっちゃうと言っている。珍しいことだ。それくらい断酒が続いていると言うことだろうか。

 基本的にはばかばかしいなと思って飲酒をやめたのだが・・・思想的背景には次の本を読んだことがあると思う。 

しらふで生きる 大酒飲みの決断 (幻冬舎単行本)
 

 飲酒で悩んでいたわけではないけれど、コロナ禍で読書でもしようかと思っていたところで、新刊であったということに起因する。読んでみたら、まぁ、確かに納得できることが多い。自分は少しえらいんだと思っているから、報われぬ自分をなぐさめるために飲酒をしてしまうのであり、自分を少し低く置けばそういうことはないよという言は本当にそうだなと思ったりした。

 ま、お酒を飲まなくなって、別に褒めてもらおうというわけでもないのだが、一歩立ち止まって人生を考えてみたということでここに語った。

 お酒を飲まぬ時間、有意義なことをしているかというとそうでもないかもしれぬ。この語りで何を語るかとか悩んで一日一語りひねり出したりしているだけだから。まぁ、それもまたよしだろう。